Uコンビニでレジ袋が有料になったとき、「なぜ5円や10円の料金が設定されるのだろう?」と思いました。最初は単なる節約の話だと思っていたのですが、実はこれ、経済学の「外部効果の内部化」という考え方が背景にあると知って、少し驚いたんですよね。
市場はうまく機能するとき、需要と供給が一致して「最適な資源配分」が実現します。しかし、外部効果(外部性)が存在するとき、市場は失敗します。取引に関わらない第三者が影響を受けるにもかかわらず、その分が価格に反映されないからです。
この問題を解決する代表的な手法がピグー税・補助金とコースの定理です。どちらも「外部効果を市場に織り込む(内部化する)」という発想から生まれています。
ピグー税 — 外部不経済を価格に「乗せる」
川沿いの工場が生産活動をすると、煙が出て近隣住民の健康被害・洗濯物の汚れという「コスト」が発生します。しかし工場は自分が払わないコスト(外部費用)を考慮せずに生産するため、社会的に見ると作りすぎてしまいます。
そこで政府が「外部費用の分だけ税金をかける」と、工場は税込みのコストで生産を判断するようになります。結果として生産量が社会最適な水準に下がります。
レジ袋の有料化も同じ発想です。プラスチックごみという外部費用を袋の価格に上乗せすることで、消費者の行動を変えています。
コースの定理 — 話し合えば政府の介入なしに解決できる
ピグー税が「政府が介入して税で解決する」アプローチであるのに対し、コースの定理は「当事者同士が交渉すれば、政府が介入しなくても効率的な解決に至る」という理論です。
川上の工場が排水を流し、川下の養魚場に損害を与えているとします。
【工場に権利がある場合】養魚場が工場に「排水を減らしてほしい」と補償金を払う交渉をします。補償金 > 工場の削減コストなら工場は削減を受け入れ、社会最適な排水量に落ち着きます。
【養魚場に権利がある場合】養魚場が差し止めを主張。工場は「排水を続ける対価」として補償金を養魚場に払います。同様に社会最適な点に落ち着きます。
→ 権利が誰にあっても、取引費用がゼロであれば、交渉によって社会的に効率的な結果が実現する、というのがコースの定理の核心です。
② 取引費用がゼロ(または十分に小さい)
③ 当事者間で交渉が可能である
現実には取引費用が大きかったり、当事者が多数存在してフリーライダー問題が生じるため、コースの定理が成立しないケースが多く、そのときにピグー税などの政府介入が正当化されます。
ピグー税 vs コースの定理 — 比較整理
| 比較項目 | ピグー税・補助金 | コースの定理 |
|---|---|---|
| アプローチ | 政府が介入して課税・補助 | 当事者間の交渉で自律解決 |
| 前提条件 | 政府が外部費用を正確に把握できる | 取引費用ゼロ・財産権が明確 |
| 外部不経済への対応 | ピグー税(外部費用分を課税) | 被害者が加害者に補償を要求、または加害者が被害者に補償 |
| 外部経済への対応 | 補助金(外部便益分を助成) | 便益を受ける側が提供者に補償 |
| 限界・問題点 | 外部費用の計測が困難・情報の非対称性 | 現実には取引費用が大きく、成立しにくい |
| 結果の効率性 | 最適税率なら社会最適を実現 | 条件が整えば常に社会最適を実現(権利の帰属に関わらず) |
この記事のまとめ
- 外部不経済:取引が第三者に損害 → 社会的費用 > 私的費用 → 過剰生産。対策はピグー税
- 外部経済:取引が第三者に利益 → 社会的便益 > 私的便益 → 過少供給。対策は補助金
- 最適ピグー税額 = 社会的MC − 私的MC(社会最適点における外部費用)
- コースの定理:取引費用ゼロ・財産権明確なら、交渉で社会最適が実現(権利帰属は無関係)
- 現実にはコースの定理の前提が崩れやすく、ピグー税などの政府介入が正当化される









