U「IS-LMモデルで均衡を求めたのに、物価はどうやって決まるの?」——その答えがAD-ASモデルです。財政政策・金融政策の効果をマクロで分析するための最重要フレームワークを、図を使って丁寧に整理します。
AD-ASモデルとは——IS-LMモデルの拡張
AD-ASモデル(総需要・総供給モデル)は、物価水準と実質GDP(産出量)を同時に決定するマクロ経済モデルです。IS-LMモデルが「物価一定」を前提にしていたのに対し、AD-ASモデルでは物価が内生的に決まります。縦軸に物価水準(P)、横軸に実質GDP(Y)を取ります。
IS-LMモデルは物価を一定に固定したモデルでした。しかし現実には、需要が増えれば物価も上昇するはずです。AD-ASモデルはIS-LMモデルを「物価が変動する世界」に拡張したもので、財政・金融政策の効果をより現実的に分析できます。
AD曲線(総需要曲線)の導出
各物価水準において需要される実質GDPの量を示す曲線です。物価が下落すると実質GDPの需要量が増加するため、右下がりになります。ただし、この「右下がり」の理由はミクロの需要曲線と異なります。
① 実質貨幣供給効果(ケインジアン的)
物価↓ → 実質貨幣供給(M/P)↑ → LM曲線が右シフト → 均衡所得Y↑
(物価が下がると同じ名目貨幣量でもより多くの実質購買力を持つ)
② ピグー効果(実質残高効果)
物価↓ → 家計・企業の保有する金融資産の実質価値↑ → 消費・投資需要↑ → Y↑
(IS曲線の右シフトとして表現されることもある)
③ 輸出効果(開放経済の場合)
物価↓ → 国内財の相対価格↓ → 輸出↑・輸入↓ → 純輸出↑ → Y↑
【IS-LMモデル(利子率r × 所得Y)】 → 【AD曲線(物価P × 所得Y)】
物価P = P0(高い)のとき: P
LM(P0)曲線が左にある | P0-------A
→ IS-LM均衡:Y0(小さい) | \
| P1----B
物価P = P1(低い)のとき: | \
実質貨幣供給↑ → LM右シフト | AD曲線(右下がり)
→ IS-LM均衡:Y1(大きい) |_____________
Y0 Y1 Y
AD曲線のシフト要因
- 政府支出の増加(財政拡張政策)
- 減税(可処分所得↑→消費↑)
- マネーサプライの増加(金融緩和)
- 民間投資の増加(楽観期待)
- 輸出の増加(海外需要↑)
- 消費者信頼感の向上
- 政府支出の削減(財政緊縮政策)
- 増税(可処分所得↓→消費↓)
- マネーサプライの減少(金融引締め)
- 民間投資の減少(悲観期待)
- 輸出の減少(海外不況)
- 消費者信頼感の低下
AS曲線(総供給曲線)——短期と長期で形状が異なる
AS曲線(総供給曲線)は、各物価水準において企業が生産・供給する実質GDPの量を示します。短期と長期では価格・賃金の調整速度が異なるため、AS曲線の形状が根本的に異なります。
| 期間 | AS曲線の形状 | 理論的根拠 | 経済的含意 |
|---|---|---|---|
| 超短期(ケインズモデル) | 水平(フラット) | 物価と賃金が完全に硬直的(固定されている) | 需要変化が100%産出量の変化に転換。物価は変わらない |
| 短期 | 右上がり(正の傾き) | 物価は変動するが、賃金・価格は部分的に硬直的 | 物価上昇が産出量増加を伴う。スタグフレーションが生じうる |
| 長期(古典派モデル) | 垂直(自然産出量YN) | 物価・賃金が完全に柔軟に調整される | 産出量は物価に関係なく自然産出量に固定。財政・金融政策は物価のみ変える |
P(物価)|
| LRAS(長期:垂直)
| |
| / | SRAS(短期:右上がり)
| / |
| / |
|-------------- | SRAS超短期(水平)
|_______________|__________
YN Y(産出量)
YN = 自然産出量(完全雇用産出量)
短期AS曲線(SRAS)が右上がりになる理由
① 粘着賃金モデル
名目賃金は短期的に固定(労働契約等)。物価上昇 → 実質賃金↓ → 企業の実質労働コスト↓ → 雇用・生産↑ → AS右上がり
② 粘着価格モデル(メニューコスト)
価格変更にはコスト(メニューコスト)がかかるため、一部の企業は需要増加に対して価格より数量で応答する。→ AS右上がり
③ 誤認モデル(ルーカス)
個別企業は自社製品の相対価格変化と一般物価水準の変化を区別できない。物価↑を自社製品の相対価格↑と誤解して生産を増やす → AS右上がり(ただし合理的期待が修正されると長期的には垂直に)
AD-AS均衡——物価と産出量の同時決定
P(物価)|
| SRAS(短期AS・右上がり)
| /
P0 ----|* ← 均衡点(AD ∩ SRAS)
| \
| \
| AD(右下がり)
|_____________
Y0 Y(産出量)
均衡:P0(均衡物価水準)、Y0(均衡産出量)が同時に決定される
AD曲線とAS曲線の交点で、物価水準と産出量が同時に決定されます。IS-LMモデルが「物価所与のもとでの均衡所得」を求めるのに対し、AD-ASモデルは「物価と所得を同時に内生的に決める」という点が根本的な違いです。
需要ショックの分析——財政拡張政策の効果
政府支出増加(財政拡張)や金融緩和によりAD曲線が右シフトすると、短期的に物価と産出量が共に上昇します。長期的には物価のみが上昇し、産出量は自然産出量(YN)に戻ります。
P(物価)|
| LRAS SRAS2
| | /
P2 ----|------* | /← ③長期均衡(物価↑、Y=YN)
P1 ----|---* | |/
| \ | /
| \|/
P0 ----|--* |
| \ |
| AD0→AD1(右シフト)
|_________________
Y0 Y1=YN Y
①初期:(P0, Y0)に均衡 ②AD右シフト → 短期:P1↑、Y1↑
③長期:SRAS上方シフト → P2↑↑、Y=YN(自然産出量に戻る)
→ 長期では物価だけ上昇し産出量は不変(財政・金融政策の長期中立性)
| 時間軸 | AD右シフト後の物価(P) | AD右シフト後の産出量(Y) | 解釈 |
|---|---|---|---|
| 超短期 | 変化なし | 大きく増加 | 物価硬直的・乗数効果が完全に働く |
| 短期 | やや上昇 | 増加 | 物価と産出量が共に上昇(スタグフレーション前段階) |
| 長期 | 大きく上昇 | YN(不変) | 物価調整が完了。産出量は自然産出量に戻る(政策の長期中立性) |
供給ショック——オイルショックとスタグフレーション
AS曲線が左シフトする「負の供給ショック」(石油価格の高騰、自然災害、生産コストの上昇など)が生じると、物価が上昇しながら産出量が減少する「スタグフレーション(stagflation)」が発生します。
P(物価)|
| SRAS1 SRAS0(左シフト)
| / /
P1 ----|* \ ← ②新均衡(P↑、Y↓)
| \ \
P0 ----| * \ ← ①初期均衡(P0、Y0)
| \ AD
|_________________
Y1 Y0 Y
SRAS0 → SRAS1(左シフト)
→ P0→P1(物価上昇)、Y0→Y1(産出量減少)
= スタグフレーション(物価上昇+景気後退の同時発生)
通常の景気後退(需要不足)→ 財政・金融拡張で対応可能(AD右シフトでY↑)
スタグフレーション(SRAS左シフト)→ 財政・金融拡張するとY↑するが物価はさらに↑↑(インフレ悪化)
→ インフレ抑制のため引締めるとY↓↓(景気がさらに悪化)
→ どちらを優先するか「政策のトレードオフ」に直面する
技術進歩・生産性向上・石油価格の下落などによりSRASが右シフトすると、物価が下がりながら産出量が増加するという理想的な状態(「良いデフレ」)が生じます。1990年代後半のIT革命期のアメリカ経済がこれに近い状態でした。
長期的な価格調整——自然産出量への回帰
古典派経済学では、市場の価格調整メカニズムにより、経済は長期的には常に自然産出量(完全雇用産出量)YNに収束すると考えます。このとき長期AS曲線(LRAS)は垂直になり、需要政策は物価水準のみを変え、産出量には長期的に影響しません。
ケインズ派の立場:短期の価格・賃金硬直性により、経済は自動的にYNに戻らない。「長期的には我々は皆死んでいる」。積極的な財政・金融政策が必要。
古典派・新古典派の立場:価格・賃金は長期的に柔軟に調整される。経済は自動的にYNへ回帰する。政府の需要政策は長期的に物価のみを変え、実体経済には中立。
現代的な折衷】:短期ではケインズ的(SRASは右上がり)、長期では古典的(LRASは垂直)。問題はその「短期」がどれくらいかという期間の問題。
AS曲線のシフト要因——供給サイドの変化
- 原材料・エネルギーコストの低下
- 名目賃金の低下
- 技術進歩・生産性向上
- 為替円高(輸入コスト↓)
- 期待物価水準の低下
- 原材料・石油価格の高騰
- 名目賃金の上昇
- 生産設備・供給能力の低下
- 為替円安(輸入コスト↑)
- 期待物価水準の上昇
- 資本蓄積(設備投資の増加)
- 労働力の増加(人口増・移民)
- 技術進歩・全要素生産性の上昇
- 教育・人的資本の蓄積
- インフラ整備
- 資本ストックの減少(老朽化)
- 労働力の減少(少子高齢化)
- 技術の陳腐化
- 資源・エネルギーの制約
- 制度的・規制的な非効率
試験頻出:インフレと失業のトレードオフ(フィリップス曲線)との関係
フィリップス曲線(インフレ率と失業率のトレードオフ)は、AD-ASモデルと密接に対応しています。ADが右シフトすると、短期的に物価↑(インフレ)と産出量↑(失業率↓)が同時に起きます。これはフィリップス曲線上の「インフレ高く・失業低い」状態に対応します。
長期的には、期待インフレ率が実際のインフレ率に追いつくため、トレードオフが消えます(自然失業率仮説)。これはLRASが垂直に対応し、長期フィリップス曲線も垂直になることを意味します。
試験対策——頻出ポイントとよくある誤り
① AD曲線が右下がりになる理由(IS-LMモデルとの連動)を説明できるか
② 短期AS(右上がり)と長期AS(垂直)の違いと理論的根拠
③ 需要ショック(AD右シフト)の短期・長期での効果の違い
④ スタグフレーション = 負の供給ショック(SRAS左シフト)→ P↑、Y↓の同時発生
⑤ 自然産出量(YN)と長期ASの垂直性の意味
| よくある誤り | 正しい理解 |
|---|---|
| AD曲線が右下がりなのは「財の需要曲線と同じ理由」だと思う | AD曲線の右下がりはマクロ的な理由(実質貨幣供給効果等)によるもので、ミクロの代替効果とは別 |
| 財政拡張は長期的にもGDPを増加させると思う | 長期的にはLRASが垂直なので産出量はYNに戻り、物価のみ上昇する(長期中立性) |
| スタグフレーションは「ADの問題」だと思う | スタグフレーションは「負の供給ショック(SRAS左シフト)」が原因。ADシフトでは生じない |
| LRAS(長期AS)もシフトすると思う | LRASは技術進歩・資本蓄積・人口増加などによりシフトする(長期経済成長の表現) |
過去問演習——理解を確認する
AD-ASモデルはマクロ経済政策の分析に欠かせないフレームワークです。「AD右シフト→短期にP↑・Y↑、長期にP↑↑・Y=YN」「SRAS左シフト→P↑・Y↓(スタグフレーション)」というパターンを図と言葉の両方でスムーズに説明できれば、診断士試験の経済学問題への対応力は大きく向上します。IS-LMモデルとの連動関係も合わせて体系的に理解しておきましょう。









